仙台地方裁判所古川支部 昭和26年(モ)90号 判決 1952年1月08日
宮城県遠田郡南郷村大柳字宮前三十番地
申請人(債権者)
渡辺ヒデ
同県同郡涌谷町字柳町一番地
同
長崎泰治
同県同郡郡田尻町字町二百四十二番地
同
遠山常雄
同県同郡不動堂町素山七十番地
同
千葉軍記
同県加美郡中新田町西沢四十八番地佐々木佳一方
同
山崎齊
同県古川市大柿字北町四十二番地
同
前田智
同県同市荒田目川下二十一番地
同
加藤精二
同県同市休塚城内胆沢藤吾方
同
千葉しげ子
同県加美郡小野田町東小野田字下町
同
加藤善男
同県志田郡松山町千石松山二百三十七番地
同
安倍さの
同県同郡三本木町
同
久光喜作
同県玉造郡岩出山町通丁
同
今野ひろ子
東京都中央区京橋三丁目三番丁久保長ビル内
右申請代理人弁議士
山岸竜
宮城県古川市
被申請人(債務者)
古川税務署長
津吉伊定
右指定代理人
仙台法務局局長
加藤隆司
同法務府事務官
福島悦蔵
古川税務署大蔵事務官
相沢佐内
仙台国税局大蔵事務官
高橋敬喜
右当事者間の昭和二十六年(モ)第九〇号仮処分異議事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
当裁判が債権者債務者間の昭和二十六年(ヨ)第三〇号仮処分命令申請事件について、昭和二十六年十二月八日にした仮処分決定はこれを取消す。
債権者等の本件仮処分の申請はこれを却下する。
訴訟費用は債権者等の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる、
事実
一、債権者代理人は「当裁判所が債権者債務者間の昭和二十六年(ヨ)第三〇号仮処分命令申請事件について、同年十二月八日にした仮処分決定はこれを認可する」との判決を求め、その理由の要領を次のとおり述べた。
債権者等は、いずれも別紙目録記載の特許権を有する申請外太田文吉から右特許権の実施権を許諾されているものであるが、右特許権は青森県上北郡三本木町前記太田文吉が多年わが国の食糧事情の前途を憂え、食糧難緩和の一助として滋養食品の発明に専念した結果別紙目録記載の滋養食品製造法の特許権を取得したもので、右特許権の内容は一例を挙げると、
稗一石に脱脂乳(水分約九〇%蛋白質約四%脂肪約〇・二%乳糖約四%灰分約〇・八%)一石を加え一夜浸漬し水分をことごとく吸収させて蒸炊し、手でひねつて餠状を呈するに至つたとき放冷しこれに種麹を加え摂氏三〇度で一日温めるときは「アスペルギルスオリーゼー」が繁殖する。これを摂氏五五度で乾燥し、またはそのまゝのものに牛乳一升と乳状酵母一との混合液を吸収させ、乾燥粉末化したものが本件滋養食品であつて麹の発酵素と酵母と牛乳とが相溶合して稗を溶解性物質としたものである。
すなわち、右特許権の範囲は稗、大麦、小麦、その他の穀類および雑穀類をを脱脂乳に浸漬して蒸炊し、これに種麹を加えて製麹し乾燥したもの、または出来上りのままのものに牛乳、酵母の混合液を吸収させ、乾燥粉末化することを特色とした滋養食品製造法なのである。この方法で生成される食品は甘味と栄養とに富む殺菌された母乳代用品であり虚弱者姙産婦にも好適な栄養食品で、特に酵素作業が強く、多量のヴイタミンを含有している。したがつて、右の製造およびその製造過程で顕出する物質は、いずれも従来わが国で公然知られ又は公然用いられている酒税法にいわゆる麹とは全然その性質、目的、効用を異にするのである。右滋養食品の原料として米を用いるときはその製造過程においてあたかも在来の麹のような外観を呈する物が生成されるけれども前記のごとく品質であるから在来の麹とは別異のものであつて、在来の麹は水に米を浸漬し、再三の洗米をなし清酒の原料とするため動物性の異臭あるものの附着を厭い、動物性物質の混入は極力避けるよう苦心し純植物性を保持して製造されるのに反し、申請外人の特許方法によれば穀物などを最初から牛乳に浸漬し、出来上りのものに、さらに牛乳を加えて極力動物性をおよがさせることを主眼として製造されるものであるから根本的に品質が在来の麹とは相違し、両者は全く別異のものであつて、右滋養食品は麹として酒税法の適用を受くべき筋合のものではない。
ところが債務者古川税務署長は昭和二十六年十月下旬に至り、間税課長をして新聞紙上に「右滋養食品についてはこれを麹と認め酒税法により取締る」旨を発表し、または債権者等個々に対しその製造の中止方を強請して特許権の実施を妨害するの挙措に出たのである。
しかしながら、債権者等はけつして麹を製造する意思のもとに操業しているのではないし、また事実右滋養食品は麹ではない。債権者等は第三者からの委託によりその者およびその同居の親族の用に使する程度において原料の提供を受け、これに加工して右滋養食品の製造をしてやり手数料を受けて生活の資を得ており、これを生業とするには工場設備、機械器具の購入等にそれぞれ十数万円の資金を借財に仰いでいる次第で債権者等が身分不当な多額の負債をしてまでこの生業を選んだ所以は右滋養食品が姙産婦、虚弱者の栄養品として好適であり乳幼児に対しては滋養に富む甘味の母乳代用品であつて、この食品の普及によりわが国の食糧不足を緩和することができ、公の幸福を増進するという明るい希望があるからであるが、今若しこの生業を中止されては、前途の希望を失い、借財のみが残り家族とともに路頭に迷うほかなく、債務者の独善的な解釈で債権者等の生業を停止されることは債権者等において到底忍び得ないから債務者を相手取つて本日御庁に特許権実施妨害排除請求の訴を提起したのであるが、判決の確定は短日時に期待できず、その確定をまつにおいては債権者等に回復しえないか、または補償至難な損害を被むるに至るべきことは必定でこの急迫した損害を避けるためにも、また仮の地位を定めるうえからも仮処分命令を仰ぎたい次第である。
なお債務者の異議申立の理由に対して、仙台高等裁判所昭和二十六年(ネ)第四六号仮処分異議控訴事件判決があつたことは認めるが同判決は未だ確定せず、これに対しては昭和二十六年八月十八日敗訴の申請外太田文吉から最高裁判所に上告し、目下同裁判所において審理中であると述べた。
二、債務者代理人は主文第一ないし第三項と同趣旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、この異議を申し立てる理由を次のとおり述べた。
債務者は債権者等の申立によつて、昭和二十六年十二月八日左のような仮処分決定を受けた。
(イ) 被申請人(本件債務者)は申請人等(本件債権者)のなす別紙目録記載の特許権の実施を妨害する一切の行為をしてはならない。
(ロ) 申請人等(本件債権者)の委任する仙台地方裁判所古川支部執行吏は右事項を公示するため適当な方法を講じなければならない。しかしながら右特許権に基く「滋養食品製造法」と名づけられた滋養食品の製造方法に関しては、その製造の過程における製品たると出来上り品たるとを問わず、その間に酒税法にいう麹に該当する麹が製造されることは仙台高等裁判所昭和二十六年(ネ)第四六号(原審青森地方裁判所昭和二十五年(モ)第二一号)仮処分異議控訴事件判決によつて認められているところであり、本件の滋養食品製造法の特許は、方法の特許であつて、物自体の特許ではなく、そして右特許の方法によつて製造される物が、その製造の過程における製造であり出来上り品であるとを問わず、酒税法にいう麹に該当する限り同法所定の許可を要するものと云わなければならず、債務者においては仙台国税局長のりん申による国税庁長官の指示にしたがつて本件特許権の分権を受けてこれが方法を実施する者に対しては、酒税法違反事件として国税犯則取締法によつて調査を進めている次第であつて債権者等の本件申請は失当であると述べた。
三、疏明として
債権者は甲第一ないし第十一号証第十二号証の一、二、第十三ないし第十九号証および第二十号証の一、二を提出し、証人太田文吉、千葉もと子の尋問を求め、乙号各証がすべて真正にできたことを認め、乙第一号証の一、二は債権者等の利益に援用すると述べ、
債務者は乙第一、二号証の各一二および第三号証を提出し、甲第一ないし第三号証、第十三号証、第二十号証の一、二が真正にできたことは認めるがその余の甲号証が真正にできたものかどうかは知らぬと答えた。
理由
債権者等の申請によつて昭和二十六年十二月八日当裁判所が債務者に対し債務者主張のような仮処分決定をしたことおよび仙台高等裁判所昭和二十六年(ネ)第四六号仮処分異議控訴事件の判決があり、これが上告審において審理中であることは本件当事者の間に争いがない。そして真正にできたことに争のない甲第一ないし第三号証によれば、申請外太田文吉が別紙目録記載の滋養食品製造法の特許権を有することが認められ、証人太田文吉の供述ならびにその供述によつて真正にできたことを認められる甲第四号証によれば債権者等が右申請外人から右特許権の実施権を得たものであることが認められる。
ところで、債権者等が本件仮処分を申請する理由の要旨は請務者は酒税法に基いて債権者等に対し右特許権実施の中止方を強請して特許権の実施を妨害する挙措に出たが右特許権によつて製造されるものは酒税法にいう麹にはあたらないから、その実施妨害排除請求の訴を提起するに先立ち、債務者に対して債権者等の右特許権の実施を妨害してはならない旨の仮処分を得たいというのであつて結局前記特許権によつて製造されるものは酒税法にいわゆる麹にはあたらないということを前提とすることが明かである。
しかしながら右特許滋養食品製造法によつて製造されたものが麹でないとの疏明はなくかえつて真正にできたことに争いのない乙第一号証の一、二によればその性状及び能力等からして一般の麹との間は特段の差異がなく酒精飲料の原料としても使用可能なことが認められ、なお、右特許権の範囲が製造の結果でき上つた物自体についての特許でないことは真正にできたことに争いのない甲第三号証によつて明かであるから、本件特許の方法によつて製造されたものは、最終段階の製品のみならず、その製造過程における製品としても酒税法にいうところの麹に該当する限り同法所定の許可を要するものと言わなければならない。けだし酒税法の趣意とするところは製出された物件にして麹にあたるものと認められる限り、その名称もしくは製造の目的いかんを問わず、またその製法が特許権の実施によると否とにかかわらず同法所定の許可を要するものとしなければならないからである。以上の認定を動かして債権者等の主張を維持するに足る資料は何もない。
しかして真正にできたことに争いのない乙第三号証によれば債務者古川税務署長においては仙台国税局長のりん申による国税庁長官の指示にしたがつて、本件特許権の分権を受けてこれが方法を実施する者に対し、酒税法違反事件として国税犯則取締法による調査を進めていることも明らかである。
してみれば、前記特許の方法によつて製造されるものが酒税法にいうところの麹にあたらないことを前提とする債権者等の本件仮処分命令申請は爾余の点についての判断をまつまでもなく、その理由のないことは明白であるから、本件仮処分決定は取消し、債権者等の本件仮処分の申請を却下し民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して訴訟費用を債権者等の負担とし、同法第七百五十六条の二の規定にしたがい右決定取消の部分につき仮執行の宣言をして、主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 羽田実)
目録
一 特許番号第一七八、一二五号 滋養食品製造法
出願番号 昭和二十一年特許願第四一二号
出願公告 昭和二十三年八月二十日
登録日 昭和二十四年三月十二日
発明者 青森県上北郡三本木町
太田文吉
(参考)
本判決は、申請人渡辺ヒデ外十一名等が、特許番号一七八、一二五号滋養食品製法出願番号、昭和二十一年特許願第四一二号出願公告昭和二十三年八月二十日、登録日昭和二十四年三月十二日(特許証下附年月日)による滋養食品の製品を酒税法にいう麹に該当すると認定し、古川税務署長が、酒税法違反事件として国税犯則取締法による調査を進めているという理由で、特許権実施妨害をなさざる旨の仮処分申請をなしたのに対し、仙台地方裁判所古川支部が次のような決定をなしたので、被申請人たる古川税務署長が異議を申立てた事案に対するものである。
昭和二十六年(ヨ)第三十号
仮処分決定
当事者の表示別紙の通り
右当事者間の仮処分事件について当裁判所は申請人等の申請を相当と認め申請人等をして金参万円を供託させて左の通り決定する。
一、被申請人は申請人等の為す別紙目録記載の特許権の実施を妨害する一切の行為をしてはならない。
二、申請人等の委任する仙台地方裁判所古川支部執行吏は右事項を公告するため適当な方法を講じなければならない。
昭和二十六年十二月八日
仙台地方裁判所古川支部
裁判官 羽田実
別紙
(当事者目録、及び特許権の内容は、判決文によつて理解できるので登載を省略する。)